エルヴィス　バズ・ラーマン☆

2022/08/04 12:00

少し長くしょうもない記事なので、読み飛ばしてもらったほうがいいと思う。読むと後悔するだろう。

情けないことに、いままで自分は世の中の何を見てきたんだろうと情けなく思う。
世の中のことなど何もわかってない自分。この『エルヴィス』についてもそうだ。

例のごとく町山智浩さんの解説を聞いて鑑賞する。

公開された週の土曜日に鑑賞したのだが、劇場は老人（失礼）で超満員。上映中トイレに立ち方も多く、年齢層をうかがい知ることができる。結構な長時間映画である。インターミッションなどない。

友人とも話しをして一致したのだが、この映画は最初の１５分がすごい。短いカットと多くのシーンを凝縮させてエリヴィスが観客に衝撃を与えるまでのシーン。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で好演したコディ・スミット=マクフィーに注目してほしい。彼はエルヴィスが前座をしていたカントリー歌手のサポート。彼が前座のエルヴィスに惹きつけられてファッションを変化させていく。彼の姿の変化が、当時の時代を写している。

オースティン・バトラーがとにかく素晴らしい。彼は本物のエリヴィスとは似ても似つかぬ人物だと思うが、映画の中で一貫してエルヴィスそのものになりきっている。映画鑑賞後、エルヴィスの古い映像が残っているのだが、そっくりだ。エルヴィスが客席に降り立って、女性客のひとりひとりにキスをするシーンはあまりにも衝撃的だ。

この映画を見た感想としては、別レビューにも書いたとおりふたつある。
ひとつは抑圧された社会からの解放。冒頭の１５分でそれを表現しているのだが、大勢の女性客が一気にエルヴィスに魅了されてゆくシーン。女性は慎ましやかにいることが求められたヘイズ・コードで縛られた時代に、エルヴィスがステージに立ってあのステップで歌った途端、彼女たちは解放される。女性が自由になる瞬間だ。歌っている本人が、なんで受けているのかわからず、バンドメンバーに訊ねるシーン。

もうひとつ。エルヴィスがロックのスターとして君臨するベースに黒人音楽があったこと。ジャズはもちろんだが、ロックも黒人音楽がベースだったとは知らなかった。ラジオから流れるエルヴィスの声を黒人だと勘違いする人が多かった、ということからも、ロックの源流に黒人音楽が息づいていることを知る。彼がメンフィスの貧しい街で育ち、南部で黒人に対する差別がまだまだ激しかった時代に、黒人の友達と過ごした子供時代、教会でロックを奏でる黒人の曲に魅入られてゆくシーンが印象的だ。彼の体内には黒人音楽の血が流れ、南部育ちでありながら黒人に対する偏見がなかったことも彼の存在価値を高めたことだろう。
映画はバズ・ラーマンワールドで、全編音楽で満たされている。そして迫力ある映像で圧倒するのだが、中盤以降はスターになったエルヴィスの苦悩に満ちた生活が暴かれてゆく。『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケット・マン』や『ジュディ』と同じだ。子供のジュディ・ガーランドが疲れ切って休みたいと相談すると、薬を手渡されるおぞましいシーンが思い出される。エルヴィスもまた同じだ。

彼には母親に対する強い愛情があったようだ。だからその母親がアル中で亡くなってから、どんどん有名になるのと反比例して内面が崩壊してゆく。愛する妻との別れ。そうした姿を、本人のエルヴィスではなく、詐欺師まがいのマネージャー、トム・ハンクス演じるパーカー大佐の目線で客観的に描かれているのもユニークだ。『アマデウス』のサリエリを思わせるパーカーはエルヴィスの亡霊であり、一種の同一性だ。パーカーは自分にはなれないエルヴィスに時として自分を同期させるような気持ちになる。気が大きくなって本人以上に自分がスターになったような気分になる。それがギャンブルへと使われてゆく。その意味でいうとこの映画は”依存”をもテーマにしているのかもしれない。

個人的にエルヴィスを特別視したことはない。敢えて言うと『エルビス・オン・ステージ』がテレビで生中継されているのを傍で見ていた記憶ぐらいだ。この頃のエルヴィスはもうだいぶ太っていて、酔っ払ったおじさんという印象だった。しかしこの映像が実は当時としては画期的だった衛星を使った莫大な予算を要する映像だったと知って、これもまた大いに驚かされる。

スターの旬な時期は短い。しかしその存在が大きければ大きいほど、その存在の記憶もまた大きく存在し続けるものなのだ。多くの人は、誰の記憶にも残されず消えてゆく。しかしスターは存在が消えても人々の記憶の中で、さらに大きな存在として息づいてゆくのだ。

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