アートなんかいらない！　４６億年の孤独　山岡信貴

2022/09/11 19:00

作りての山岡信貴監督が、この映画を作ることにした動機として、２０１９年のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」だった、というお話に強い臨場感を感じるのは、当時仕事で名古屋に住んでいたからだと思う。文字や言葉であの当時のことを説明しても何も伝わらない。しかしあの事件はたしかにおかしい。政治的に露骨な圧力があって作品の展示が禁止された、という瞬間から、アートはもはや存在しなくなったのだ。作品の有無や作品の趣旨ではなく、表現そのものがアートの世界から消え去ったのである。

Session１　惰性の王国を鑑賞したあと、天命反転住宅の本間桃世さんと山岡監督の対談が動画で紹介されている。この対談がSession２の最後に示されるこの映画のテーマへとつながってゆく。

Session１の終盤で驚くべきテーマと突きつけたこの映画は、そこに存在するアートではなく、人の解釈まで踏み込んでゆく。映画は４６億年の昔から今に至るまでの旅を、玉川上水を歩く集団と平行して展開する。羽村から半蔵門までの４６キロを、子供も含めてワイワイぶつぶつ言いながらイベントが進行する。
その傍ら、この映画の冒頭で長野県にあるハチ美術館というのが紹介される。冨永朝和さんという蜂研究科がハチとの対話について延々語るその姿は、ある意味でこの映画のテーマを一言でまとめている。

さかんに冨永さんが説明するのは、ハチとの対話。ハチと対話して、自然界に存在しないようは蜂の巣を作るという、まさにそんなものいらないと思えるような難業に取り組むうちに、ハチとの対話術を会得したというのだ。アートなど不要だ。アートなんていらない。というテーマに裏打ちされたドラマとは正反対の行動を示すこの老人のあまりにも魅力的なこと。ついつい惹き寄せられる。

ここからは、セラビーやＡＩなどが人の生活や療養に与える役割とか、目を背けたくなるような過激な身体改造を繰り返す集団やトレンドを示しつつ、蜂研究科の冨永さんが語るハチとの対話、すなわちコミュニケーションについてどんどん掘り下げてゆく。

出演者の解説が専門性を帯びてくると、話しを聞いていてもだんだん辛くなる。Session１ではアート作品をふんだんに取り入れて飽きないような演出をしていたが、Session２では敢えて出演者の話しをそのまま流す。そして中央に黒い点が生まれ、その黒点がブラックホールのように画面いっぱいにひろがってゆき、中央の黒点をスクリーン全体で見るとどこかの国の国旗を暗転させたように見えてくる。これはまさに、当たり屋を主人公にした大島渚監督の『少年』のようだ。何度か同じようなシーンが繰り返され、最後に本間桃世さんと大浦信行さんの話しの終わり頃、ついに画面は真っ暗になる。そこに天命反転住宅の本間桃世さんの声で、荒川修作の家族について説明が施される。真っ暗の画面でその事実を知ると、なぜ荒川修作がこのようなプロジェクトに身を寄せたのか、その理由が明らかにされる。

先ごろ、６年ぶりに行った瀬戸内国際芸術祭の心地よい余韻を頭ごなしに破壊されるような思いのする映画だ。Session１ではアートの不要さを示しているが、このSession２ではもっと重要なことを示していて、人類は本当に必要だったのか？という問いにまで発展している。サイハテ村の工藤シンクさんの過激ともとれる発言もさながら空想ではなくて、現実に我々はコロナを体験し、どんな努力もアートも人間社会の何もかもが意味のないものだ、と決定づけられたのだ。

空っぽの山手線が延々と映されるラストシーンは、この映画が導入部で探ろうとした「アート」を真っ向から否定して、ついには人間社会をも否定して終わる。終わるのだが、荒川修作が夢見た一連の建築作品や天命反転住宅の在り方などを示し、不安定な生活にこそ本当の動物的な人間性を掘り起こそうとした荒川の思いを見る側に伝えて終わる。冒頭の蜂研究科の冨永さんが本能的にハチと対話して生きていることを、荒川修作の示した荒唐無稽なテーマと見事に結びつけて終えている。

最後に、「表現の不自由展」が神戸でも開催されていることに敬意を表したい。平和の少女像だけを取り上げて、表現の自由を封殺しようとする愚かな権力に対し、冷静な対応でこのムーブメントが拡大することを望む。この映画にも出ている荒川修作の薫陶を受けた大浦信行さんもそう思っているに違いない。

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