恐ろしいほどの強さ (オールブラックス)

昨日のアイルランド戦でこれまで見たことのない光景があった。
オールブラックスのハカの間、スタジアムでアイルランド国家を合唱する声で、ハカがかき消されるという前代未聞の妨害行為が発生したのである。かつてニュージーランド大会決勝で、フランス(レ・ブルー)がハカに向かってセンターラインを越えて挑発する、という行為があった。しかしのちにこれは大人げない行為として慎むよう組織委員会から注意されたらしい。しかし今回アイルランド人は客席を巻き込んでハカを妨害しにかかってきた。


ハカが始まるといつもはスタジアムに静寂がおとずれる。そして場内全体にハカの畏敬の叫び、ウォークライが響き、自軍だけでなく相手チームに対しても戦いに対する敬意を示す瞬間が来る。このシーンを間近にすると誰もが心打たれる。その迫力と誠実さとケダモノのような叫びに圧倒される。


この名誉あるハカを妨害した呪いでもあるまいが、アイルランドはオールブラックに惨敗した。ヘッドコーチのジョー・シュミットはニュージーランド人で、次期オールブラックスのヘッドコーチ候補として名前があがる名将だが、今回の敗戦を分析すらできないとさじを投げたようだ。彼はこの大会で長くコーチを務めたアイルランドを去る。



試合は前半、アーロン・スミスの巧みな2トライで決した。テレビ解説にもあったが、最初のトライはアイルランドのディフェンス、あの偉大なローリー・ベストの入りがわずかコンマ数秒遅れた隙をぬってトライを決めたものだ。恐らくほかのチームの誰にもこの隙は見えない。オールブラックスだけ、あるいはこの試合においてはアーロン・スミスがけが見つけた隙だったかもしれない。しかし、このわずかな隙をオールブラックスはチーム全員が知り尽くしている。


チーム構成もこの大会の少し前までと変更しても、まるでブレのない常勝軍団には隙がない。恐るべき強さである。



アイルランドは決して負けていなかった。特にキャプテンのローリー・ベストを中心とするスクラムは互角以上に力を発揮し、一度はオールブラックスのファールを誘うほどの勢いがあった。しかし、小さな隙を突かれてチームの戦意は喪失し、大きく敗退した。戦前に世界ランク1位だったプライドは傷つけられた。


それでもこの試合で引退を決意しているローリー・ベストを中心とするアイルランド魂が失われることはあるまい。彼らにとってこの大会は日本とオールブラックスに敗戦する屈辱的な戦いだったかもしれないが、世界屈指のフォワード陣は健在である。ローリー・ベストの功績をたたえつつアイルランドにもエールを送ろう。

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