ホールドオーバーズ アレクサンダー・ペイン監督
映画の始まりの前に、アナログ映像に小さな雑音が交じる。これがずっとむかしの物語であることを示す。そして聖歌隊が教会で声を合わせている。このおごそかな始まりは、この映画の大きなテーマ、つまり1970年代のクリスマスの物語ですよ、ということをこの僅かなシーンで見せているのだ。
寄宿学校の教師も生徒も、クリスマスの時期は家に帰って祝い、新年が明けるまで家族と過ごすものだ。しかし、こうした当たり前の幸せが存在しない人たちもいる。我々はあまりに幸せであることを当たり前だと勘違いしているのではないか。
この映画の素晴らしさをあげるとキリがないのだが、70年代を再現したことが何よりだと思う。車にしてもテレビにしても何もかもが70年代。映画の中で一言も触れられていない戦争が背景に存在する。アーサー・ペンの「小さな巨人」が劇中劇として挿入されている。ネイティブ民族に救われた小さな巨人の物語。「ホールドオーバーズ」で描かれるバラバラの人たちがささやかな幸せのために集う食事のシーンなどに、作り手の意図がかすかに見えてくる。
それぞれが喪失したもの。それはかつてアメリカだけでなく、世界が当たり前のように享受していた家族との交流。アカデミー賞を受賞した、寄宿舎の家政婦を演じるダヴァイン・ジョイ・ランドルフの置かれた悲劇的な境遇もまたこの時代がもたらした悲劇だ。
それにしても教師を演じたポール・ジアマティはうまい。個性的なバイプレーヤーだが、ここでは気難しい教師を見事に演じている。「いまを生きる」でもない「グッド・ウィル・ハンティング」でもない、ここにしかない教師と生徒、そして家政婦の三人は時代に置き去りにされた人たちだ。
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