九十歳。何がめでたい 前田哲監督
自分にとっては、佐藤愛子さんというより、やはり草笛光子さんを堪能する映画だった。草笛光子さん生誕90周年と題された松竹映画は、かつて草笛さんが1950年から所属していたSKD(松竹歌劇団)の流れを組む、本当に記念すべき映画と言える。
映画公開の舞台挨拶に自らドレスとかかとの高いヒールで登壇される美しいお姿は怪物としか思えない。すごい方だ。
断筆宣言をした佐藤愛子さんが、ぼさぼさの頭で朝起きるシーンと、叙勲を受けた記者会見でかくしゃくたる姿で記者を相手に話しをするシーンの対比がすごい。年とともに老いて消え入りそうな存在が再び輝きを取り戻す過程が描かれる。
だが、実はこのドラマは、唐沢寿明さん演じる頭の固い昭和のパワハラ編集者の存在があってドラマとして成立している。佐藤愛子さんの存在に草笛さんがシンクロするだけでは、ドラマにならない。いきなり離婚を迫られる家庭も部下も何も顧みない編集者の存在があってこその映画だ。素晴らしかった。
映画的で印象に残るシーンも多い。連載を再開すると決意した佐藤愛子さんが原稿用紙に向かうが何も書けない。このときの時計の音。この映画は音の演出も見事だ。そしてやっとペンを走らせるきっかけとなった騒音による「幼稚園建設反対」の記事。戦争を体験している愛子さんにとって、空襲のあと焼け野原となった静寂を知っている者にとって、子どもの騒がしい声こそ未来を感じるものだという。このシーンが特に胸に迫る。
戦争も震災も何もかもが社会から”音”を奪う。
このことを見る側のわたしたちは自覚するべきなのではないか。世間では騒々しい選挙運動も激しさを増しているようだが、この騒ぎの先に何が起こりうるのかをわれわれは冷静に考えたほうがいいと思う。
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