鬼の筆 ④ 実業家橋本忍
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途中で山田洋次監督のインタビューが挿入されているのも興味深い。橋本忍の仕事ぶりが紹介されている。山田監督は橋本のことを「構成の人」と称していて、旅館に大きな部屋を借りて箱書きを並べ、映画を俯瞰でながめて構成する姿を映し出す。
しかし、ここから日本映画は斜陽期へと進む。テレビの普及である。映画会社は映画ではなく劇場にしか資本を投下せず、映画は橋本などの独立プロが作る時代だ。橋本は作家としてではなく、このあたりから経営者としての目で映画を捉え始める。
宗教法人の信者を大量動員した「人間革命」や、「八甲田山」や「八つ墓村」などの大作に関わり、どれも大ヒットを飛ばす。同じ頃角川映画テレビや小説などとタイアップして大ヒットを飛ばすのに合わせて、これらの大作もテレビで大きく宣伝されたことを覚えている。
橋本は経営者として「映画製作の微細企業に資本の蓄積は不要」として、映画がヒットすれば社員に還元し、次の作品はゼロから出資者を集めて製作する、という方針を貫いたらしい。これは判断が難しいところで、昨今の映画が完全に企業側の都合だけで作られる傾向にあって、もはやこの時代に日本映画は崩壊したと言わざるを得ない。
最後に、橋本が自らメガホンを取った「幻の湖」という映画で大失敗をして、橋本の晩年はあまり恵まれなかったことも事実として示される。
桶狭間の戦いを描く「鉄砲とキリスト」や「地球最後の日」といった大作を発案するが、じうれも実現することは叶わなかった。
著者である春日太一さんは、橋本作品を見つめ、橋本の著書や残された遺品などをつぶさに調べ上げ、なおかつ生前の本人へ直接インタビューした内容などを重ね合わせ、推理小説のような掘り下げ方でこの本を書いている。素晴らしい本だった。
橋本の人生を振り返り、橋本作品が「鬼に苛まれる人を描き続けて、鬼の抗う人生だった」と結んでいる。ここでいう鬼とは何か?橋本自身、病気を患い出征を逃れて療養所で過ごし、残り2年と宣告されてから奇跡的に生き延びた人生を考えると、鬼は「死」を意味するのではないか。「死」を目前にした「生きる」だけでなく、松本清張作品も含めた多くの橋本脚本で主要人物は死んでゆく。それは戦争という影を背負い、映画が斜陽期に突入する中で、多くの映画関係者の人生が常に「死」と背中合わせだったことをにじませる。
タイトルの意味などを意識しながら読み進めると、なお深い意味を感じさせる名著だ。
素晴らしかった。
おしまい
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