「セルフィの死」自意識と承認欲求の果て
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— 林 比佐子@7/20(日)昼ネイキッドロフト横浜「シネ秘87」 (@chakopon) June 28, 2025

- セルフィの死
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芥川賞作家・本谷有希子が、2023年から「新潮」で連載した10年ぶりの長編小説『セルフィの死』。映画化された『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の原作者であり、劇団も主宰する彼女にとって、この作品はまさに現代社会への鋭い問いかけだ。
『異類婚姻譚』で描かれた「本音を隠してぶつかる夫婦」の緊張感を彷彿とさせつつ、本作では、登場人物がイソギンチャクや玉ねぎに“変身”するというシュールな表現が随所に現れる。それは、カフカや安部公房といった既存の枠組みで語るにはあまりに独特で、痛々しいまでに自虐的だ。
主人公・ミクルは、SNSでのフォロワー数を気にし、名前や存在すら変えながら日々を生きている。「二度とSNSができない体にしてほしい」と願いながらも、その渇望の真逆に自ら突き進んでいく。
パンケーキを食べ、SNS上の写真クレームに謝罪し、原宿の綿あめ店の男に心惹かれ、回転寿司での子どものいたずらを拡散し、キャラメルマキアートを半分だけ飲んで捨てる。そのすべての行動が、「自意識と承認欲求、私は紛れもなく二人の子供。喜びを人に分かち合えない」という姿勢に貫かれている。そしてその「分かち合えなさ」は、ミクルだけのものではなく、このブログを書いている私自身にも重なる。
本谷有希子は、こう語っている。
「人間は、自分を変えてまで環境に適応する節操のない生き物。SNSによって私たちの感覚や思考がどう変わってしまったのか、その記録を残したかった」
主人公が口にする「傷つくことは私のアイデンティティだ」という強がりは、SNSの本質を一言で表している。我々は、いつか自分が傷つけられることを知りながら、それでもSNSという道具を手放せないのだ。
この物語には“潔いほどの不愉快さ”がある。それは、誰か他人のことではなく、「自分」という最も不安定で不確実な存在を描き出しているからこそだ。
最近は小説を読む機会がめっきり減ってしまったが、この作品は『トランスジェンダーになりたい少女たち』や『転の声』と同様に、私に強烈な印象を残した。
『セルフィの死』が向かう先は、仮想空間ではない。そこにあるのは現実だ。仮想に生きる「今」の私たちをどのように可視化できるか。あるいは、いかにして正気を保てるか――そんな切実な問いに満ちた、現代的な問題作である。
本谷有希子氏、約10年ぶりの長編小説『セルフィの死』インタビュー「昔は勘違いしても糾されなかっただけで、全て比較できる今は勘違いさえできない」|NEWSポストセブン

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