「この国が戦争を語る理由─ニュージーランド博物館から見た極右の国」

dalichoko(ダリチョコ)

ウェリントン最後の目的地は、国立ニュージーランド博物館「テ・パパ」

この旅の終わりに、思いがけない感動と衝撃が待ち受けていました。

少し長いかもしれませんが、ぜひお付き合い下さい!


「ケーブルカーと涙の博物館──ウェリントン最終日の小さな発見」 - 



オークランドの美術館が無料でしたが、こちらは有料だろうと覚悟していたところ、なんと「キウイ(NZ国籍)の孫と一緒だから入場無料」とのこと。驚きました。


ニュージーランドでは、公共交通も時折「今日はフリーデイ」として無料になることがあります。ICカードをタッチする機械が故障していると、運転手さんが「気にしないで、今日は無料だよ」と言ってくれる──そんなおおらかで人間味ある社会のあり方に、思わず心が和みます。ギスギスしたどこかの国とはまるで違います。



さて、博物館の第一セクションは自然史。




自然災害のシミュレーションルームや、動植物の豊富な標本など、知的好奇心がくすぐられます。



クライストチャーチの地震再現コーナーでは、リアルな揺れを体験。



防災教育においても、実感を伴う展示が重視されていることがわかります。



そして、問題のエリア──戦争展示「ガリポリ:我らの戦争」に入ります。



ここから空気が一変します。



目に飛び込んできたのは、実物の数倍もある巨大な兵士の像たち

圧倒的なスケールと緻密な表情。彼らの視線は、見る者の胸を強く貫きます。



第一次世界大戦、オスマン帝国との戦闘で敗れたニュージーランド兵たち。



英雄として語られる彼らの姿が、誇張ではなく、犠牲と痛みを背負ったリアルな「記録」として展示されているのです。



たとえばジャック・ダンという方は、この戦争で自己犠牲をはらってANZAC部隊の一員として活躍した人物で、のちに勲章を与えられた方だそうです。



中でも心を揺さぶられたのは、看護婦ロッティ・ル・ガレイのセクション。



戦場に赴いた弟を案じ、綴った手紙──


「生きていてほしい」


その短い言葉に、戦争が人々から何を奪うのかが凝縮されています。


私も思わず目頭が熱くなりました。



Lottie Le Gallais Great War Story


展示の最後には、赤い紙で折られた無数のポピーが、兵士たちの足元に敷き詰められています。

血を流した彼らを象徴するような光景です。

このポピーは、ニュージーランドの国花でもあります。



重要なのは、この展示が戦争を美化していないことです。


犠牲をリアルに、時に生々しく描くことで、「同じ過ちを繰り返さない」ために伝えようとしている。



翻って、今の日本を思わずにはいられません。戦争する気満々です。


憲法改正が議論され、自衛隊の「軍隊化」が既定路線のように語られる現在。

戦争の「準備」が整いつつあるようにすら感じます。


先の参議院選挙では、改憲に前向きな政党が大きく議席を伸ばしました。

メディアは沈黙し、多くの市民がそれを「他人事」として見過ごしている。


戦争とは、いつもそのように始まるのではないでしょうか。


ニュージーランドでは、犠牲を直視し、未来に伝える努力が社会に根づいています。

それに対して、日本は過去を忘れ、未来を危うくしている


「赤いポピーの記憶」が日本に必要な時が、もう来ているのかもしれません。


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