『JOY: 奇跡が生まれたとき』―信仰と科学の狭間で生きた女性
67kg 「ニュースで泣き、映画で泣き、そしていま朝4時」 -
◆ネズミとの出会いから始まった物語
面接に来たジーンが、ネズミの受精を研究するボブ・エドワーズ博士と初めて出会う場面は、この物語を象徴しています。捕まえたネズミが採用の決め手となり、彼女は博士の助手として歩み始めます。そして、人類初の体外受精による出産が実現するまでを、ジーンの視点で丁寧に追っていきます。これは実話であり、のちにエドワーズ博士はノーベル賞を受賞しました。
◆信仰を捨ててでも支えた研究
物語は、科学者エドワーズ博士、産婦人科医ステプトー博士(ビル・ナイ)、そして二人をつなぐジーンの三人を中心に描かれます。(これに黒人の看護師長も重要な役で登場します。)ジーンは敬虔なカトリックの家に生まれましたが、体外受精を「神への冒涜」とする教会から出入り禁止、母からも家を追い出されます。しかも彼女自身、子どもを産めない身体でした。
エドワーズ博士は「型は破るためにある」と語り、ステプトー博士は従軍経験から「誰を救うかを選ぶ」現実に生きます。妻とピアノを弾く穏やかな姿とは裏腹に、命を扱う現場では冷徹さを失いません。二人の科学者は、宗教的な非難や世間の誤解にさらされながらも、信念を曲げませんでした。
◆10年の試練と「卵子クラブ」
研究開始から10年。ジーンには「SINNER(罪人)」(「罪人たち」という映画もありました)と書かれた壊れた人形が送りつけられ、エドワーズ博士にはマスコミの攻撃が続きます。それでもジーンは、子どもを望む母親たちと「卵子クラブ」を結成し、自らは産めない身でありながらも献身を続けます。信仰に背くことになっても、人の願いと科学の可能性を信じたのです。
◆世界初の瞬間
幾度も挫折を重ねた末、ジーンの提案で治験が再開され、ついに世界初の体外受精児が産声をあげます。その瞬間は、宗教と科学の対立を超えて、ただ「命が生まれる」奇跡として響きました。
30年越しの名誉
物語の終盤、功績を称えるプレートにジーンの名が刻まれます。しかしそれは、彼女が39歳で亡くなってから30年後のことでした。ナレーションとともに映し出される写真と映像が、静かに胸を締めつけます。
主演のトーマシン・マッケンジーは、若き日のジョディ・フォスターを思わせる強さと脆さを自在に行き来し、ジーンの信念と葛藤を鮮やかに体現していました。宗教が守ろうとする「神の秩序」と、科学が切り拓く「人の可能性」。その間で揺れ動き、最後まで人に寄り添い続けた一人の女性の姿が、深く心に残りました。
『JOY』には、物語の根底を流れる宗教的モチーフが随所に仕込まれています。
1、ジーンの「追放」
カトリック教会からの出入り禁止と母からの家出追放は、聖書における「楽園追放」を連想させます。これは彼女が旧来の秩序から切り離され、新しい世界(科学の領域)へと歩む瞬間です。
2、「SINNER」と書かれた壊れた人形
罪人としての烙印と、壊れた命の象徴。この人形は、宗教が彼女に与えたレッテルと、まだ形にならない「可能性としての命」を二重に表しています。
3、瞳をスクリーンいっぱいに映し出すショット
人物の瞳をクローズアップする場面は、神が人の内面を見つめるまなざしを思わせます。そこには畏怖と同時に、命に対する敬意が漂っていました。
4、ピアノの二重奏
ステプトー博士夫妻のピアノ演奏は、調和と愛の象徴です。しかしその裏にあるのは、戦場で培われた冷徹な判断基準という、人間の二面性でした。
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