日銀漂流②ー政治介入の悪化

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第三章 福井時代──独立性を守ろうとした総裁と、政治の干渉
速水総裁時代に大きなビハインドを抱え追い詰められていた日銀は、速水氏の推薦で、一度は日銀を離れていた福井俊彦氏を総裁として迎えることになります。
就任は2003年、イラク戦争のまっただ中でした。
この頃、福井総裁は竹中平蔵氏と激しく対立します。竹中氏のいわゆる「リフレ政策」に対し、日銀側が強く反発したためです。
しかし、福井総裁は就任直後から積極果敢に動きます。銀行株の買い入れや中小企業支援など、金融政策のギリギリの範囲で、日本経済の立て直しに向けてスタートダッシュを決めました。
ところが、ここで「りそな救済(国有化)」が起こります。りそな銀行を皮切りに、竹中平蔵氏は監査法人や地銀にまで圧力をかけ、政権主導で金融システム全体を揺さぶります。この一連の動きのクライマックスが、後の郵政民営化であったことはよく知られています。
一方で、日銀は福井総裁の強いリーダーシップのもと、大胆な組織改革や零細企業への支援に踏み出し、量的緩和策を通じてデフレ脱却の糸口を探ろうとします。
しかし、ここで登場するのが当時官房長官だった安倍晋三氏で、日銀の政策に“待った”をかけ、再び混乱を招きます。
のちに明らかになりますが、この時期の福井総裁の姿勢は高く評価されています。とくに日銀法の原点である「金融政策の独立性」を守った点が評価され、英『エコノミスト』誌は福井氏を「世界で最も優れたセントラルバンカー」と評しました。
しかし、政権と市場の強い逆風の中で、福井政権末期には再びデフレが進行し、そのまま次の総裁へと暗いムードが引き継がれてしまいます。
第四章 白川時代──世界危機の連続と、政治介入の悪化
2008年の日銀総裁人事は、政府・官邸の強い介入で二転三転し、一時は総裁不在という異常事態まで生まれました。政治が中央銀行の人事にこれほどまで口を出すのは、明らかに正常ではありません。混乱の末に総裁に就任したのが白川方明氏です。
ところが、その直後に世界を揺るがす大事件──サブプライムローン問題、そしてリーマンショックが起きます。
日銀関係者は週末の休みを返上して奔走し、日経平均はついに7,000円を割り込みます。いま思えば、あの数字は信じられないほど切迫していました。
白川総裁は当初、CP買い入れに反対していましたが、日産の破綻危機や政治からの強い圧力を受け、方針を転換します。その際、白川氏は
「中銀が財政に従属すると取り返しがつかなくなる」
と述べ、独立性への危機感を示しました。
しかし、日銀と政府の衝突はその後も続きます。2009年の民主党政権誕生後にはギリシャ危機が到来し、2011年には東日本大震災が発生し、社会は大きく分断されていきました。
そして象徴的だったのは、当時野党だった安倍晋三氏の
「中銀なんて独立する必要はない」
という発言です。中央銀行の独立性を否定する政治家が力を持つという構図が、すでにこの頃から見えていました。
アメリカではバーナンキFRB議長が「インフレ目標」を掲げ、大胆な金融政策に乗り出します。
一方、日本では白川総裁の慎重な“小出し”の政策がデフレ回避につながらず、徐々に政治の圧力が強まっていきました。
その中で誕生したのが、再びこの国を大きく揺るがす第二次安倍政権です。
背後には“ザイム真理教”や“統一教会”といった不可解な影響力が存在し、政府は増税路線へと大きく舵を切ります。
こうした流れの中、白川総裁はついに安倍政権の圧力に屈し、辞意を固めることになりました。