既知との遭遇②ー捨てられたもの
ギャラリーの入り口に向かうアプローチに大きく飾られている井口直人さんの作品も刺激的です。
よく若い頃こういういたずらをして喜んでましたよね。
コピー機に顔をつけて印刷する。なんと井口さんはこれを日課としていて22年も続けているのだそうです。天才です。
ギャラリーの奥で最も迫力ある作品を示すのは、武田拓さんの作品。
2メートルを超えるこの巨大な作品はなんと、割り箸です。
これもこの展示のテーマ、捨てられるものの再生ですね。
捨てられた割り箸の集合体がまるで木のように息づいています。圧倒されます。
そして最後に、撮影が許可されていない舛次崇(しゅうじたかし)さんの作品。涙が出ます。
舛次さんはダウン症のアーチストで、すでに2021年お亡くなりになっています。生前の創作風景が動画になっていて、舛次さんがいつも笑顔で作品に向かい合っている姿が印象的でした。
次から次へと捨てられてゆくゴミ。それはもともとはゴミではありません。目的があって生まれ存在し、なにかの役割を果たすべく生きていたものです。しかし多くのものは捨てられてゆきます。食品も然り。
しかも、これらの捨てられる宿命にあるものたちには命があったはずです。どの物質、どの食材にもかつて命があった。それを人間の傲慢な欲求により殺生されて、都合よく処分されてゆく。みうらじゅんさんが言われていたとおり、「断捨離」はもはや物ではなく人を捨て去るプロパガンダとして存在するように思えてなりません。
この展示だけでなく、過去の展示と作品群を並べて、渋谷というゴミゴミした街の一角でこのようなスケールの展示が行われていることを複雑に感じます。
素晴らしい展示でした。感動しました。
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