「ウェイク・アップ・デッドマン」ー目覚めよ!

dalichoko(ダリチョコ)

あらかじめお知らせしますが、ここからいきなりネタバレします。これから鑑賞される方は絶対読まないでください。



犯人はグレン・クローズ演じるマーサです。彼女は横暴でカリスマ性のある司祭に仕えてきた敬虔なる信者です。しかし彼女は呪われた血、悲しい出自なのです。


マーサは、先代の司祭が助けた娼婦の娘で、母である娼婦は司祭の財産目当てで、信仰もないのに教会で生活していました。しかし司祭は娼婦に遺産を何も残さなかったので、彼女は荒れ狂い教会を破壊します。キリストが磔られた十字架までも破壊してしまいます。


ここに大きな秘密があります。


マーサが幼い頃、先代の司祭が倒れて死ぬところを見たと言ってきたのは、実は司祭が巨大なダイヤを自ら飲み込み窒息自殺したことが告白されます。母の娼婦は、教会を破壊してダイヤを探そうとしていたのです。最初から信仰は権力と富を隠す装置だった、そして彼女は教会の論理を最後まで忠実に実行した存在だったのです。


霊廟に安置された先代の司祭の体からダイヤを取り出すために仕組まれた壮大な殺人ドラマだったというオチです。


この教会に赴任したジャド神父(ジョシュ・オコナー)はボクサー時代に人を殺しています。その贖罪のために彼は教会にやってきますが、そこでは独裁者のような司祭(ジョシュ・ブローリン)が支配しています。そして彼を信じる人々は、新たに教会に訪れる人を排除して団結します。


いかがでしょうか。この文脈の中に何が見えてきますか。


独裁者、妄信的信者、ダイヤという財産、排外主義的な十字架もない教会。これはまさに今のアメリカそのものではないでしょうか。少なくとも、私にはそう見えます。


もっというと、そういうアメリカに感化されるこの国も重なります。アメリカの寓話であり、同時に“アメリカ化された世界”の寓話です。いまも統一教会に支配されているどこかの国の政治家も同じではないでしょうか。


人殺し経験のある司祭が、この強欲で独裁的な教会に集う妄信的信者の中に混ざり込む。罪を自覚している人間が、罪を自覚しない集団に放り込まれる存在となります。ジャド神父は異物なのです。



そして「禁断の果実」は邪悪なものとして人々の欲望を掻き立て苦しめる。舞台が教会であることも含めて、この映画は極めて宗教的で現代的です。


ライアン・ジョンソン監督は破壊者です。あの「最後のジェダイ」でスターウォーズというジレンマから開放させようとした崇高な人物です。そのジョンソン監督はこの映画で、教会を破壊しました。


ラストシーンでキリストの十字架の中に大きなダイヤを隠すシーンに救いはあるのでしょうか。禁断の果実(旧約聖書)をキリスト(新約聖書)の中に封印するという矛盾こそ、ジョンソン監督の主張したいことなのではないでしょうか。タイトルの「死者よ、目覚めよ」も極めて暗示的ですね。世界の混乱、権威への妄信、善の顔をした暴力への目覚め。十字架はもはや救済の象徴ではなく、欲望を隠すための空洞化した器になっているということでしょうか。


それでも人は、そこに祈りを重ねてしまいます。


大晦日、このブログ今年最後の記事としてこのネタがふさわしいかよくわかりませんが、今年を振り返ってこの映画の極めて示唆的な部分が2025年の世界と重なり合うような気がします。救いはないが、希望は「気づくこと」にだけある。その意味で、この映画の示す「死者」とは見ている我々のことで、「目覚めよ」という呼びかけは意味深いものがあります。


#教皇選挙、「平和国家としての地位」 - ダリチョコ の映画とグルメ


実際にローマ教皇選挙が重なったのも偶然ではないでしょう。世界がますます混乱する中、この映画が目の前にあるわたしたちの危機を気づかせる作品だとしたら、それが善き方向に進むことに期待します。


みなさんにとって来年が良い年になりますように。この映画を捧げつつ、心からお祈り申し上げます。


Wake Up Dead Man: A Knives Out Mystery | Official Trailer | Netflix




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