熱帯の黙示録 「宗教と権力が生む狂騒の行方」
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「アイ厶・スティル・ヒア」を観て、ブラジルの現在を映すこの映画と比較してみた。まさに衝撃的な作品だ。
タイトルの「黙示録」とは何か? それは最後に示される。
本作は、ブラジルの福音派キリスト教原理主義者の過激な言動に、多くの国民が引き寄せられていく様を描く。「第1章 インフルエンサー」では、無能な大統領が教会とネットの力を借り、瞬く間に政権の座を奪取する様子から始まる。
「第2章 コレラの時代の神」では、コロナ禍で感染が拡大する中、ボルソナーロは国民にひたすら神への祈りを呼びかけ、70万人を超える死者を見殺しにした。(どこかの国ではマスクを配っていたが・・・。)
「第3章 支配権」では、前大統領ルーラを拘束し政治活動を封じる一方で、最高裁判事を自身の支持基盤から任命し、立法府と司法を掌握する。この権力掌握の手法は、我が国の政治にも似た光景を見て取れる。
「第4章 創世記」では、1980年代以降の民主政権成立の歴史を振り返り、かつてブラジルが目指した理想を探る。そして「第5章 聖戦」では、釈放されたルーラとボルソナーロの対決となった2022年の大統領選挙、その結果に不満を抱いた過激派福音派支持者たちが国会に乱入し破壊行動に及ぶ場面が映し出される。軍人はただ立ち尽くし、何もしない。
「エピローグ 黙示録」では、黙示録は終末ではなく啓示(明らかにすること)であると締めくくられる。廃墟と化した国会の映像で幕を閉じるが、いつの時代も廃墟は歴史の教訓を語り続ける。広島の原爆ドームのように。
ウクライナの政権交代を描いたドキュメンタリー「ウィンター・オン・ファイアー」も同様に、主人公は「群衆」だ。フランク・キャプラの「群衆」も、匿名の民衆=現代ならSNSと置き換えられるだろう。
ブラジルの政治対立は、過激なキリスト教福音派と労働者党の争いに象徴されるが、この構図は日本をはじめどの国でも共通している。宗教と政治の対立は表層に過ぎず、労働者が政党や宗教にすがるのは生きるための現実的な選択である。思想の対立は彼らの暮らしの根本には届かない。
本作が伝えようとする民主主義とは、ブラジルの事例を通じて、破壊行動へと駆り立てられる群衆の心理を暴き出す試みだ。
「アイ厶・スティル・ヒア」と併せて観ることを強くおすすめしたい映画である。
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