ブゴニア「私たちは同じ巣にいる」
ギリシャを代表する世界的監督、ヨルゴス・ランティモスの新作が公開。
主演とプロデューサーを兼ねるエマ・ストーン、そして「ミッドサマー」で知られるアリ・アスターが製作に名を連ねる布陣。さらに前作『憐れみの3章』にも出演したジェシー・プレモンスが共演と、いずれも個性の塊のような顔ぶれです。
冒頭、美しい花のクローズアップ。そこへ飛来する一匹のミツバチ。このイメージがすでに物語の全体構造を暗示しているのが、いかにもランティモス的です。
カリスマ女性経営者ミシェル(エマ・ストーン)の日常。そこから一転、彼女を誘拐・監禁する最下層社員テディ(ジェシー・プレモンス)。しかも彼は彼女の美しい髪をバリカンで剃り落とします。この暴力は単なる加害ではなく、「象徴の剥奪」に近い。女王蜂の王冠をもぎ取る行為です。
テディは自宅で養蜂を営んでいる。ミツバチ=テディ、女王蜂=ミシェル。単純な支配構造のメタファーかと思わせておいて、物語は終盤でひっくり返るんです。「えっ? マジ?」と、思わず声が漏れるあの転換。ブラックコメディの皮を被った、冷酷な寓話。
誘拐されながらも、言葉の主導権を決して手放さないミシェル。肉体的優位に立ちながら、精神的には追い詰められていくテディ。テディの母親が寝たきりになった原因が、ミシェルの会社にあるらしいという因縁。恨みと正義、加害と被害のねじれ。
ランティモス映画において「善悪」は常に撹乱されます。ここでも単純な復讐劇にはなりません。終盤、収拾がつかなくなった瞬間に起こる“とんでもないこと”。それは物語の崩壊というより、私たち観客の倫理の崩壊に近い。
エマ・ストーンの狂気と計算高さ。ジェシー・プレモンスの鈍重さと不穏さ。二人の演技はまさに殴り合い。身体も言葉も、視線すらも武器になる。ラストは再び、花とミツバチへ。
円環構造。
何も解決していないようで、すべてが暴かれた後の静寂。
ランティモスのマジックは、観客に「自分はまともだ」という安全地帯を与えません。支配される側も、支配する側も、結局は同じ巣の中の存在ではないのか。笑いながらも、ぞっとします。ぞっとしながら、笑ってしまう。
自分たちの愚かさを、静かに突きつけられる一本でした。
ブゴニア(KINENOTE)
・ヨルゴス・ランティモス監督の不気味な陰謀論コメディでエマ・ストーンがエイリアンになるかもしれない(ガーディアン)
Γιώργος Λάνθιμος - Βικιπαίδεια

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