哀れなるものたち ヨルゴス・ランティモス監督 「歴史」
「哀れなるもの」
偉大なテオ・アンゲロプロスを輩出したギリシャ人の映画監督ヨルゴス・ランティモスが放つ問題作はコメディで、今回は主演のエマ・ストーンがプロデューサーに名を連ねるほどの意気込みが重なる超大作となっている。エマ・ストーンはすごい。
POOR THINGS | Official Trailer | Searchlight Pictures
驚くことに、日曜日の午後の劇場は満席札止めだった。この劇場に集まった人たちの真の目的は推し量れないが、その大半がエマ・ストーンの体当たりな演技であることはおそらく間違いあるまい。奇妙なシーンから始まる映画に疑心暗鬼だった観客も途中からは爆笑の渦。R18の映画でありながら、これほど笑わせこれほど深い意味を持つ映画を見たことがない。とてつもない映画を見てしまった。過去に例のない映画と言えよう。
奇妙なオープニングだ。シルク地に描かれた絵文字にその輪郭にクレジットが示される。そして青い美しいドレスに身をまとった女性が橋の上から落ちてゆく。この謎は最後の最後までわからない。映画はこのあとモノクロに反転し、まるでフランケンシュタインのようなウィレム・デフォー演じる博士。ここでこの映画がメアリー・シャリー原作の「フランケンシュタイン」を重ねていることを連想する。そして体は大人だが行動が子供のベラが次第に成長して性に目覚めてゆくあたりは旧約聖書の一説が重なる。
つまりこれは神話なのだ。
しかし・・・
神話に隠された現代性に我々は気づかされることになる。アメリカでかつての大統領が金で全てを支配して権力を握ろうとすることと、それを猿真似するどこかの国の政治家は宗教と連携して裏金で票を買う。この現実をこの映画を冷静に見渡せば、いま自分のすぐ近くで起きている全てのことの答えがあることに気づきはしないだろうか。
こちらは1時間の町山解説。
ガーディアンの記事を並べて、この映画を男性の視点で描いていることを問題視する評論を並べている。
この映画と同じことがこの国でも起きていて、どうも権力者は歴史を消してしまいたいらしい。
群馬県は群馬県高崎市にある県立公園「群馬の森」に設置されていた朝鮮人労働者の追悼碑を行政代執行により撤去した。しかしながら追悼碑を撤去しても、日本の植民地支配下において多くの朝鮮人が日本国内に労務動員され多数の犠牲者が出たという歴史的事実は消すことはできない。
— 宇都宮けんじ (@utsunomiyakenji)
ぼくたちは、正しい歴史から学び考え行動していくことが責任だ。二度と同じ過ちを繰り返さないためにだ。歴史修正はあってはならない。https://t.co/kfe3Ch8QqP
— 日本中学生新聞 (@nihonchushinbun)
「群馬の森」判決が、歴史を消し去ろうとする意思の現れだとしたら、この国の教育は過去の事実を全て捻じ曲げようと躍起になっているように見える。日本中学生新聞では「子供の政治活動」を教師が止めようとしていることも伝えられている。もっと市民が政治の話題を掲げない限り、この国は事実を隠して権力をウソで固めてしまうだろう。そして再び他国から疎外されることになるだろう。その先に何が起きるかも想像できないままに。
