嵐が丘 「倫理を超えた恋愛の恐怖」
ウィリアム・ワイラーの「嵐が丘」(1939年)を鑑賞すると、この映画が全く違って見えます。モノクロ映像が、情念を抽象化し、悲劇を“永遠の恋”へと昇華してしまう。原作にあるはずの泥臭さや世代を超える怨念は、ほとんどこの映画では削ぎ落とされているらしく、もっと壮大な、何代も続く復讐劇だとか。俄然読みたくなってきました。

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マーゴット・ロビー主演する「嵐が丘」。「プロミシング・ヤング・ウーマン」(思えばあの映画の主人公もキャシーで、復讐劇でしたね。)の監督エメラルド・フェネルは、原作の登場人物も大胆に変更を加え、キャシーとヒースクリフの叶わない愛をエロスの中に見出そうとしています。愛は純粋ではなく、衝動であり、破壊衝動でもあるということでしょうか。
冒頭でキャシーが首吊りを見上げるシーンから始まります。このおぞましいシーンが映画全体のテーマをリードします。キャシーが首吊りにされている男の股間を見てニヤけるのです。
このあと、捨て子のヒースクリフが拾われてきて、キャシーと嵐が丘の広い大地を見渡すシーンから、ふたりの運命が分かれ、それでも心身ともに惹かれ合う関係を描くダイナミズムに圧倒されます。とにかくそれぞれのシーンの迫力が圧倒的。
家政婦のアニーはキャシーの友人であり母親のそうな存在です。このドラマは母親が不在である代わりに、ワイラー版「嵐が丘」で語り部であったアニーの物語としても面白くなってきます。倫理を超えた恋愛は、恐ろしい結末を迎えます。
最後に、ネリー役にアジア系、エドガー役にインド系の名俳優を配し、次のジェームズ・ボンド役と噂されるジェイコブ・エルロディをヒースクリフ役にキャスティングして、世界戦略を狙ったこの映画がどこまで世界で広がりを見せるか楽しみです。ちなみにわたくしどもが見た公開週の週末、映画館は残念ながらガラガラでした。
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