カリオストロの城 宮崎駿
『ルパン三世 カリオストロの城』を劇場鑑賞。
この映画をいま振り返ると、ルパンと仲間とお姫様、という人物構成を活かしつつ、なにかとてつもなく壮大で重たい問題をテーマとしているように感じる。
映画レビューを投稿しました。
「ルパン三世 カリオストロの城 デジタルリマスター版」- ローマ帝国の滅亡,#KINENOTE https://t.co/vXqscSRg9M #KINENOTE #キネマ旬報 #映画— dalichoko (@chokobo88428241)
いまさらこの映画について何かを語るのは野暮だが、とにかくアニメという空想空間を最大限に生かしたファンタジーである。ファンタジーを巡って宮崎駿と高畑勲は対立してゆくが、この映画はその対立の一端を示すものだ。とにかくシナリオの作り込みが見事だと思う。
中でも峰不二子の登場のさせ方が絶妙だ。彼女はクラリスにルパンのことを説明する。元恋人だったことも告げる。さらに銭形警部に偽札(ゴート札)を暴露するためのアイデアを提案する。ドラマの進行をスムーズにする潤滑油のように彼女はドラマを円滑化している。銃で撃たれたルパンを救い、自分のミッションも確実にこなす。極めて完璧な存在だ。
キーワードは「ブルボン王朝」や「ナポレオン」そして「ローマ帝国」だ。いずれもその憲政を長く維持し、偉大な国家を築いた国や人をこの映画ではセリフと絵画でチラリと見せて、帝国の崩壊が貨幣によりもたらされることを暗示している。さらに、映画の中にちりばめられている絵画の数々、峰不二子が覗き込む目の肖像画「総督レオナルド・ロレダンの肖像」や絵画「シテール島への巡礼」は、ローマとフランスの対立と世代交代がテーマとなっている。ブルボン王朝などは、シェークスピアの『リア王』、さらには黒澤明監督の『乱』にもつながる兄弟喧嘩が国を滅ぼす可能性を示唆している。カリオストロ伯爵とクラリスの関係は、その国を支配する一族の運命的な対立を、歴史的背景から立証するものだ。
そしてそうした渦中のお姫様クラリスを救うルパンは、奇しくも泥棒という職業人としてこの局面に対峙しながら、それぞれの立場を埋める隔たりの大きさに屈する。ルパンをどう評価するかはともかく、お姫様と泥棒、という相容れない対立構造を、国家的な規模で示している。「俺のポケットには入り切らない。」と言わしめた湖水に沈んだローマ帝国は、世界各地の、あるいは現代のこの国の有り様を予言しているようにも受け取れる。金融国家の崩壊がローマ帝国を滅亡させたと仮定すれば、この映画が日本ののちのバブル、インフレ、デフレ、そして・・・という輪環構造を表すものなのかもしれない。
のちの「ナウシカ」や「ラピュタ」にピタリと重ね、「紅の豚」や”城”というツールを思えば「ハウル」あるいは「千と千尋」の湯屋をも連想させる原点となる映画であることも言い添えねばなるまい。
さらに・・・
東映動画で会社と戦いながら、労働運動に身を置いてきた宮崎駿自身が、ジブリという帝国の支配者となって、かつて戦う相手だった支配者に、自ら君臨する悲劇をどう堪能しているのかとも思う。優れた才能を次々のクラッシュさせ、自らの欲望のためだけに存在する宮崎駿は、『スター・ウォーズ』をディズニーに手放したジョージ・ルーカスと似たような道を進み晩年を終えようとしている。そんな宮崎駿を批判する高畑勲ももういない。もうこのモンスターを誰も止められない。ジブリがローマ帝国のように湖水に沈められる日も近い。
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