ナイルに死す「愛と欲望が人を滅ぼす」
世界で災害が続きますが、先ごろの「ネパール大洪水」は事態を大きく悪化させているようです。世界がネパールを救済すべきです。
・ネパールと中国の洪水による死者数は不明のまま、生存者捜索が続く中、死者数は3000人に迫る。(フランス24)
・ネパール洪水救助活動は4日目に突入(GroundNews)
・「村全体が消えてしまった」(ガーディアン)
日本でも今朝、「福井県にレベル5大雨特別警報」が発表されていて、先ごろの石川県同様、災害がある日突然襲ってくる恐怖に見舞われています。
自然災害なのだから仕方がない、と言ってしまえばそれまでです。しかし、その被害をさらに大きくしているものは何なのか。気候変動、貧困、社会の格差、そして災害に対する備えの違い……。
そんなことを考えているうちに、なぜかマルクスの『資本論』が頭に浮かびました。
『資本論』が現代の気候災害を予言したわけではありません。しかし、自然そのものだけを見るのではなく、その背後にある社会の仕組みや、人間が生み出した矛盾に目を向けるという意味では、今にも通じるところがあります。
そして、そんなことを考えながら書いていたら、アガサ・クリスティの『ナイルに死す』につながってしまいました。
ここで『ナイルに死す』について、少しだけ掘り下げてみようと思います。
(少し長いです。)
きっかけは、デヴィッド・スーシェが四半世紀にわたって演じたテレビシリーズ『名探偵ポワロ』です。このシリーズがあまりにも面白く、全70話を見ようと決意した終盤で、第52話「ナイルに死す」にたどり着きました。
この作品はテレビ版のほかに二度映画化されており、クリスティ作品の中でも、とりわけ大画面にふさわしい物語なのでしょう。エジプトのナイル川を舞台に、豪華客船カルナック号という密室空間で繰り広げられる愛と嫉妬、そして殺人劇は、何度見ても見応えがあります。
まずは2004年放送のテレビ版です。
何といっても、大富豪リネットを演じるエミリー・ブラントが印象的でした。愛で結ばれた二人が、カルナック号を降りたあと劇的に自殺するラストシーンは強烈です。三作品とも結末は同じですが、それぞれ異なる演出で最後を盛り上げています。また、小説家オッタボーン夫人の娘ロザリーが、最後に医師カール・ベスナーと結ばれるという展開も、この作品ならではでした。
続いて2022年のケネス・ブラナー版です。
こちらのポワロは、より厳格で孤独な人物として描かれます。そして、彼がなぜ口ひげを生やすようになったのかという背景も描かれています。小説家サロメ・オッタボーンはジャズシンガーに設定が変更され、原作やテレビ版とは異なり、彼女ではなく、ポワロの捜査を助けるブークが殺されます。さらに、ブークとサロメの娘ロザリーの愛も悲劇に終わります。犯人二人が一発の銃弾で命を絶つラストは、三作品の中でも最も劇的でした。
最後は1978年、ジョン・ギラーミン監督、ピーター・ユスティノフ主演版です。
ユスティノフのポワロは、スーシェ版にも通じる穏やかさがあります。時折流れるニーノ・ロータの音楽は、ナイル川の流れのようにゆったりと作品を包み込み、密室となった船内では光と影を巧みに使った映像が印象を残します。コンピューターによる映像処理がない時代だからこそ、本物のエジプト、本物のナイル川の美しさがそのまま映し出されています。豪華キャストの競演も含め、映画ならではの魅力に満ちた一本でした。
ところで、この作品が生まれた背景にも興味を惹かれます。
クリスティは考古学者である夫マックス・マローワンとともにエジプトを旅した経験をもとに、この小説を書いたといわれています。時代は1930年代。世界恐慌のあと、ヨーロッパが戦争へ向かおうとしていた時代です。映画やドラマではあまり強調されませんが、登場人物たちの階級意識やエジプト人に対する偏見が、作品の随所に描き込まれています。
その中でも印象深いのが、社会主義思想を信奉する青年ファーガスンです。彼は『資本論』を手に、カルナック号に乗り合わせた特権階級の人々を激しく批判します。しかし、その一方で自らも裕福な家庭の出身であり、最後にはロザリーと結ばれるという皮肉な立場にあります。
最初に殺される大富豪リネット、その莫大な財産を狙うアンドリュー、そして富と階級を批判するファーガスン。クリスティは、この三者を対比させることで、単なる恋愛や嫉妬だけではなく、当時のイギリス社会が抱えていた階級や富の矛盾まで描こうとしたのではないでしょうか。
『名探偵ポワロ』シリーズでは、没落した特権階級が財産目当ての犯罪に手を染める物語が少なくありません。しかし、『ナイルに死す』に描かれる愛と嫉妬もまた、特権階級の果てしない欲望の表れとして見ることができます。
冷戦が終わり、世界はグローバル化の時代を迎えました。しかし、その一方で富は一部に集中し、日々の暮らしに苦しむ人々や難民は今も世界中に存在しています。
クリスティがそこまで未来を見通していたとは思いません。しかし、1930年代のイギリス社会に存在した格差や階級の矛盾は、形を変えながら現在も世界に残り続けています。
『ナイルに死す』は、愛と嫉妬を描いた名作ミステリーであると同時に、人間の欲望と階級社会の矛盾を静かに映し出した作品でもあります。ファーガスンが手にした『資本論』は、そうした矛盾を考えるための象徴として、今なお私たちに問いを投げかけているように思えます。
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