地獄に堕ちるわよ「国家のように立ちはだかる存在」
細木数子さんの「六星占術」はかねてから何度も読ませてもらったことがあるので、自分の運勢がどのような状態にあるのかは気しているつもり。
ちなみにわたくし、来年から大殺界に入りますので、大人しく3年間を過ごすほうがいいかもしれない。そんな心持ちです。
でも「旧統一教会」やかつての「オウム真理教」、そして昨今の「シニア右翼」のように洗脳されるのは恐ろしいですね。心が弱くなって孤独だど、何かにすがりたくなるものですが、信じることと洗脳されることは違います。
このドラマは、戦後、細木数子さんが貧困から這い上がるために、ありとあらゆる手段を使い、人をたぶらかし、それ以上に信者を獲得することで、自らの欲望を上書きしつづけた人生を描きます。これは、戦争に負けたこの国に裏切られたという思いが強いことを意味するのではないでしょうか。
ドラマの中では、細木さんの自伝を書くライターをもう一人の主人公として描きます。莫大な資産を持ってある意味で孤独な細木数子さんと、売れない小説家で貧しい底辺の生活で子育てするライター。もちろん彼女は戦後生まれですが、最後は彼女にとって細木さんが国家のように立ち塞がります。自分の意思で小説を書くと細木さんの前で宣言するシーン。このクライマックスが、このドラマの問いかけではないでしょうか。細木数子さんが単なる個人ではなく、“戦後日本的な成功モデルの象徴”として描かれているように見えます。
このあと、命より大事な犬のティアラが姿を消します。そしていよいよ細木さんは孤独になる。
戸田恵梨香さんは、細木さんを見事に演じたと思います。ニヤっと笑いながら、自分の口元をなぞるクセを印象付けて、若い頃から晩年までを演じます。強い恋愛感情と、それ以上に強欲な性格。障害があっても諦めない姿を見せつけます。素晴らしかった。
銀座のママから、島倉千代子さんを支えたふりをしてメディアの内部に入り込み、最後は占い師としてメディアを支配するまでの人生の最後、幼い頃の自分に、
「地獄に堕ちるわよ」
と言われるシーンは不思議な感動が広がります。
宗教的な罰ではなく、むしろ自己批判の声に近い。つまりこのドラマは、細木数子の外側からの批評ではなく、「彼女自身の内面に潜む倫理」を描こうとしています。
細木数子さんの人生を他人の人生と思うと、単なるドラマでしかありませんが、大なり小なり誰にでもあることなのではないですか?思い上がって有頂天になっても、転落するのも早い。その時、自分はどうなるか?どうするべきか?を問われているように思えます。強欲に飲み込まれて、傲慢になる自分を思います。
細木数子さんに洗脳され、肯定したとしても、その背景を知ることで、自らに問う物語になっている。そういう構造のドラマでした。
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