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経済学の世界  矢沢潔

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たまたまコンビニで見つけて手にした本。
経済学の危機など、経済学がどれほど社会の役に立っているか疑問視される昨今、経済学の成り立ちから現在に至るまで、わかりやすく写真や図などを示しながら紹介している。この本の妙味は「図と写真」だ。

いまさらだが、なんで経済学部を専攻したのか覚えていない。というか、そんなことどうでもよかったのかもしれない。商学部でも文学部でも法学部でも。社会に出て実用的に使えるのは法学部出身者のような気がする。経済学が生活に役立ったことなどないし、仕事に生かされたこともない。それなのになぜ経済学なのか?という問いがある。あれから40年・・・


この本のはしがきにレスター・サロー教授のコメントとして「日本経済には雑草も育たず、花も咲かない」という言葉が紹介されている。この著書は時折、経済学を仕分けするとともに、日本経済の軸に迫る内容となっていて、その部分に魅力を感じさせる内容だ。日本経済はもう末路をたどるのみである。(経済学の中にもサブカルがあるというインタビューも面白い。)


第1部 3大経済学


言うまでもなく、アダム・スミスとマルクスとケインズを並べている。鍋島直樹教授の「マルクスとケインズの総合」を読むと、かつてマル系と近経という分類だったところを、ケインズをその間に置くという流れを示すものがあって、特にケインズ経済学の立ち位置をマル経に近づける動きがある。ここでも、スミスの「神の見えざる手」とマルクスの「資本主義は滅亡する」の間に、ケインズの「大きな政府」を位置づけしていて理解が深まる。そして
ケインズが優生学を踏まえて自身の理論を展開したことも意味深く紹介されている。橘玲氏「言ってはいけない」にもつながる含意を感じる。


第2部 経済学派


ここでは様々な学派について紹介される。国家が常に経済を基礎に政治を動かしている歴史をひもとき、重商主義が国家主義(ポピュリズム)のベースになっていることも解説される。当時、日本の池田勇人内閣が「所得倍増論」を提唱した背景には、ドーマー理論があって、貯蓄性向の高い国民を投資に向かわせることで経済循環を高める政策を提唱したことなどが示される。そして憎き「マネタリズム」。我々が学んだ頃、時代はバブル期に入り、ケインズ経済学はメインストリームからスポイルされていた。スミスの「見えざる手」を風上に、自由放任主義を新自由主義経済と位置づけ、景気を著しく活気づけた。しかしその反動がこれだ。日本などはもはや行き着く先のない暗澹たる経済の真っ只中にある。


著書の最後にMMTについて言及したうえ、ピケティ理論を紹介して終えているところは見事だ。簡単に言い換えると。「借金をチャラにして社会主義に向かおうぜ」というものだ。すでにもう資本主義は限界を超えている。民主主義というエセのポピュリズムもまた地球規模でほころびが見える。


ここからはもしかすると、経済ではなく哲学の世界に入るかもしれないが、長い地球の歴史でギリシャやローマが反映して滅びたことと、行き場のない現代社会の経済政策は合致していると見ることもできる。そして民主主義は衆愚政治へ。そして独裁政治を哲人(賢人)政治へ、と置き換えれば、この二文法はつねに揺れていることも推察できる。


経済学などはなんの役にも立たず、時に害悪でしかないという向きもあるが、つねに社会が大きな振り子のように揺れていることを説明する道具として一定の価値があることを感じさせる著書である。



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