詠み人知らず
『深海の街』のツアーレポートもよろしければお読み下さい。
〽ソーダ水の中を貨物船がとおる/小さなアワも恋のように消えていった――。胸に響く詞に、洗練されたメロディー。アルバムに酔い、大がかりな仕掛けのライブに熱狂した記憶をお持ちの方も多いだろう。ユーミンこと松任谷由実さんが近くデビュー50年を迎える。
▼1970年代前半といえば、「女のみち」や「瀬戸の花嫁」がテレビから流れていた時代。そんな中、クラシックと洋楽の影響を受けたユーミンの曲の斬新なコード進行は、四畳半フォークにも飽き足らない若者の心を揺さぶった。女性の細やかな心模様を刻む言葉と相まって、「恋愛の教祖」なんて称号も贈られている。
▼「中央フリーウェイ」「恋人がサンタクロース」に加え、男女雇用機会均等法が成立した85年には「メトロポリスの片隅で」で失恋から立ち直る働く女性を歌った。時代から2歩も3歩も先んじ、バブル期にはドライブの定番音楽ともなっている。一方で、冷戦を背景にした「時のないホテル」など作風の幅広さも見せた。
▼東日本大震災の際には「春よ、来い」が復興を後押ししている。激動の半世紀、人々の揺れる心情に寄り添った、まさに「国民的」存在だったと思える。「私の名が消えても、歌だけが詠み人知らずとして残るのが理想」。当人はこう語ったと聞く。混迷が長引きそうな将来にわたり、あちこちで口ずさまれていくだろう。
2022年6月25日 日本経済新聞 春秋
この記事では”恋愛の教祖”などと書かれているのだが、実はユーミンの楽曲には「死」が横たわる。派手なパフォーマンスの印象で、時としてかき消されてしまいそうになるが、多くの曲に隠された死生観は、その時々で描写を変える。この『時のないホテル』の最後、今回のツアーでも歌われた『水の影』。
時は川 昨日は岸辺
人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて
思い出に手を振るの
この曲の別れの意味には死の香りが漂う。
松任谷由実 水の影 (YUMING SPECTACLE SHANGRILA 1999)
冷戦構造はベルリンの壁崩壊とともに消え去ったように見えるが、時間をかけて見えない”死”のボーダーが世界を分断している。時とともに国と国、人と人の距離も変化する。
この距離を縮めるのが政治の仕事だと思うが、残念ながらこの国はその機能がないらしい。
こちらの記事もどうぞ。「ささやかな思い出」
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