#何もしない 「無用の木」
子供の頃、暗い映画館に入ると(当時はいまのように指定席がなかった)暗くて席が見えなかった。しばらくすると暗闇に慣れてきて暗くても席を探すことができるようになる。ウェンデル・ベリーが「ランタンを捨ててしまえば、闇がよく見えるようになる。」とはこのことだ。著者は身の回りにある進化の代償が人をして全て見えなくしてしまっていると説く。
自身のアーチストである著者は最後にパウル・クレーの「新しい天使」について説明する。
この絵画を所蔵してナチスから逃れるために自殺したヴァルター・ベンヤミンがこの作品を進化の代償として捉えたことも無縁ではあるまい。進歩は先住民を追い出し死骸となす。この作品は進歩を否定し、損傷を修復するために存在するようだ。
福岡正信氏の「何もしない農法」についても言及している。何もしないことで労働力は減少するが時間がかかる。この「何もしない」思想は荘子「無用の木」から流れているらしい。ハンセンの「スマホ脳」でも紹介されたが、ジョブズやゲイツは自分の子どもたちからネットを遮断したという。つまりは進歩のきっかけを生んだテクノロジーの最先端にいる人たちこそ、この社会が埋没する恐ろしさを知っているということだ。つまりは依存症。必要最低限のものを超えて、進歩は余分なものを売りつけ、そして弱者は搾取されてゆく。
前述のとおり、著者は2016年のトランプ現象に危険を感じてこの本を書いたらしい。そしてそのトランプは今年2024年も旋風を巻き起こしている。新自由主義の最右翼に存在するトランプと支持者を野放しにすることで、「注意経済」がもたらす搾取は続き、さらなる格差が広がってゆくことだろう。そして日本はそれを支持するに違いない。
知らないことの恐ろしさを知る。
- 何もしない (ハヤカワ文庫NF)
- 早川書房
- Digital Ebook Purchas
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